Defiled雑感
「Defiled」4月27日に観劇してきました。
観てからずーっとぐるぐる考えていたこと。
ハリーに親しみを感じて、可愛げのある良いヤツなんだよ…なんて思いながら見ていた話と、アイデンティティの話。
ハリーは図書館の仕事を10年続けていたと言っていた。
私も細かいことを抜きにすると、書店で働くのが10年目に入ったところ。書店業界はご存知の方が多いとは思いますが不況です。
働く環境や仕事のやり方も変わったと思うし、その間に電子書籍はぐんぐん伸びて、ネットで本を買う人も増えた。
書店員になりたい!と熱望してなったわけではないけれど、10年続くくらいには書店員の仕事が好きです。
体力的にも金銭的にも辛いことは多い。
業界も明るい未来が見えてこないし、新しいものに食い潰されそうな不安もある。
それでも漠然とこの仕事が好きで、本という文化に少しでも関わってるつもりでいます。
ハリーは図書館や本、その文化が好きで、社会的地位とか今より良い暮らし、とかそういうものが手に入らなくても、好きなものたちを愛して守っていけたらと幸せだと思っていたのかなあと思った。
それで良いのかな、と思う日もあったかもしれないけど、誇りを持ってそう思ってるときもあったと思う。
そんなわけで、ハリーと自分にちょっとした共通項がある気がして、親しみを持ってハリーを見たり、本について語るところでは、かなりグッと感動した。
ハリーのことが好きになってしまったので、起爆装置や銃を手にするたびに、死なないでくれと祈りながら見ていたので、ラストシーンの後は結構ぽっかりした気持ちになったのでした。
アイデンティティについて。
ハリーが言った「ユダヤ教徒でも無神論者でもなく、母さんの息子」というようなセリフが、すごくズーンと響いて、印象に残った。
国籍や指向などではなく、大事な人の「何か」という考え方がすごく良いなあと思ったのと、ハリーの考え方のコアの方に根付いてるのかなと思った。
図書館に立てこもったあの状況では、ハリーのアイデンティティは「革命家」のようなものだったのかもしれないなあと思った。
その思いが、認識が強すぎて、色々な革命家たちを頭に思い浮かべて後に引くことなんてできなかったのかもしれない。
もはや目録カードを守ることが目的ではなくて、自分の使命として革命を遂行することが目的になってしまったような気さえした。
そこまでハリーが思い詰めていた要因を全て読み取ることはできないけど、その必死な姿がかわいそうで、悲しく見えた。
アイデンティティの話は物語の本筋と逸れるかもしれない。
それでも「母さんの息子」と思うほかに、ハリーにとって身近に大事にできる人がいて、自分の命を投げ打ったりせずに穏やかに暮らして欲しかったなあと、アパートで待つコリーを思い浮かべながら寂しい気持ちになったのでした。